生命・身体に対する侵害の継続性
朝山道央「生命・身体に対する侵害の継続性」刑事法ジャーナル26号35頁、イウス出版(2010年)
弁 護 士 朝 山 道 央
第1 はじめに
正当防衛の成立要件である「急迫」とは、「法益の侵害が現に存在しているか、または間近に押し迫つていることを意味」する1。したがって、侵害終了後の反撃行為は、侵害の終了前後を分断した考察をする限り、正当防衛状況にない加害行為と評価せざるを得ない。しかし、侵害行為が止んだ場合であっても、なおも侵害が継続していると評価する余地があるとされており2、侵害の継続性を肯定して正当防衛状況を認める裁判例も少なくない。
それでは、侵害の継続性はどのように判断されるべきであろうか。侵害の終了時期については、明確な基準が示されておらず、同一の事案について審級により異なる判断がされることもあり3、事実認定上困難な問題であるといえる。また、法解釈上も侵害の「継続」の有無という枠組みでの判断が許されるのかなどの問題がある。
そこで、 本稿においては、生命・身体に対する侵害の継続性が問題となった事案について4、裁判例が指摘した間接事実を整理・類型化し、その判断傾向を分析した上で、これに対する考察を加えることとする。検討対象とした裁判例は後記第5 引用裁判例一覧表に記載したものである(以下、各裁判例を同一覧表の番号5のみにより表記する。)6。
第2 裁判例の基本的な態度
1 侵害の「継続」という概念を認めることの可否
まず、 侵害の「継続」という概念を独自に取り上げ、侵害の継続の有無によって正当防衛状況の存否を判断することの可否が問題となる。
これを否定する見解は、防衛行為の対象となる侵害はこれから加えられるおそれのある侵害に限定され、侵害の継続性の問題は、結局のところ「新たな侵害行為が切迫しているか」という問題にほかならないとしている7。同見解からは、侵害の継続性が問題となる局面においても、侵害の始期における急迫性の認定基準をそのまま適用すべきと主張されている8。
他方、これを肯定する見解は、侵害の継続性が問題となる局面においては、危険の消失が認定されない限り防衛状況を肯定できるという意味で、その存否の判断は緩和されてよいと指摘しており、同見解によれば、侵害の始期における急迫性の認定基準より緩和された基準により侵害の継続性を判断することとなる9。
ところで、㉑(最判平成9年6月16日)は「急迫不正の侵害は、被告人が右行為に及んだ当時もなお継続していた」(圏丸は筆者)と判示し、既に発生した侵害が「継続」しているかどうかを問題としているし、⑰(最決平成20年6月25 日)は「侵害の継続性」との表現を用いている。また、本稿で検討対象とした下級審裁判例の大多数も、「侵害の継続」の有無を判断対象としている。このように裁判例は「侵害の継続」の有無という枠組みにより正当防衛状況を判断する傾向にある。
2 基本的な検討要素
㉑は、㉑-1 及び㉑-2 が侵害の継続性を否定したのに対し、「加害の意欲は、おう盛かつ強固であり……間もなく態勢を立て直した上、被告人に追い付き、再度の攻撃に及ぶことが可能であった」と判示して侵害の継続性を肯定した。本判決は、侵害の継続性について具体的な判断理由を示した初めての最高裁判決として重要な意義を有するものである10。
㉑が侵害の継続性を肯定するにあたって指摘した要素は、侵害者の加害の意欲(主観面)、及び、当該攻撃意思に基づいて加害行為を実現させるのが可能な状況にあったこと(客観面)である。そして、当該両要素は、いったん侵害行為が止んだ状態にある侵害者が再び侵害行為を実行するおそれ(再度の攻撃のおそれ)を推認させる要素であるということができる。
したがって、㉑は、侵害者の「再度の攻撃の意思」及び「再度の攻撃の可能性」の両要素から推認される「再度の攻撃のおそれ」に基づいて、侵害の継続性を判断しているものと推察される11。
本稿においては、かかる㉑の判断の枠組みに沿って間接事実の整理・分析を試みることとする。
3 防衛者の退避可能性
侵害行為中止後の防衛者の退避可能性を侵害の継続性判断の理由とすることが許容されるかどうかという問題がある。
本稿で検討対象とした裁判例においても、退避可能性を侵害の継続性判断の理由として明示したものがある(退避可能①⑤㉑-1㉑-2、退避不可能㉙)。この点について、最判昭和46年11月16日(刑集25巻8号996頁)は、「法益に対する侵害を避けるため他にとるべき方法があつたかどうかは、防衛行為としてやむをえないものであるかどうかの問題であり、侵害が『急迫』であるかどうかの問題ではない」としている。本稿の検討対象のうち同最高裁判決以降に退避可能性を理由として明示した裁判例は㉑-1㉑-2のみであり、多くの裁判例はこれを明示的に検討していない12。
第3 各類型の間接事実の分析
1 侵害行為中止の経緯・原因による類型化
本稿においては、後記第5記載のとおり、侵害行為中止の経緯・原因によって、裁判例を自発型、反撃型、自滅型、退避型及び凶器支配移転型にそれぞれ分類し、各類型ごとに間接事実の分析を行うこととした。侵害行為中止の原因等によって検討すべき要素等に差異が生じると思われるからである13。
2 自 発 型
⑴ 概 説
自発型は、侵害者の自発的な意思によって侵害行為が止む類型である。たとえば、防衛者にナイフを突きつけるのを止め、防衛者に背を向けて逃げ出した場合(③)、タバコを吸うために防衛者に背を向けていた場合(④)などである。侵害者が自発的に侵害行為を中止した事実は、一般的に攻撃意思の存在について否定的に作用する。したがって、本類型においては、再度の攻撃の意思が主たる検討課題となる。
本類型の裁判例において明示的に検討された間接事実(侵害者が侵害行為を自発的に中止した事実は除く)をまとめると、一覧表1のとおりとなる。
⑵ 中止前の侵害行為の性質
①を除く裁判例が本要素を明示的に検討している。
中止前の侵害行為の危険性が高い場合は、中止前の侵害者の攻撃意思が旺盛であることが示され、再度の攻撃の意思肯定に作用する。②③は、本要素を侵害の継続性肯定の理由として明示した。
なお④では、審級によって侵害行為の性質の評価が分かれており、④-1では侵害行為が軽微であることが侵害の継続性否定の理由とされたのに対し、④は、鼻血が出るほどの暴行であり軽微ではないとした。
⑶ 中止後の侵害者の言動
中止後の侵害者の言動が再度の攻撃の意思の存否を直截的に推認させる要素であることはいうまでもない。4件のうち②を除く3件が本要素を明示的に検討している。
裁判例では、侵害行為に用いた凶器を手放していなかった事実(③)、「わかるようにしてやる」という攻撃的な言辞を述べた事実(①)、深夜因縁を付けるために防衛者方を訪れた侵害者が防衛者方を出て行こうとしていたわけではなかった事実(④)が認定され、いずれも侵害の継続性肯定に作用するとされている。また、③④は、攻撃意思を放棄したと思われる言動がないことを侵害の継続性肯定の理由として明示している。①は結論が否定されているが、かかる攻撃的な言辞が認定される場合、再度の攻撃の意思が相当強く推認されると思われる。
他方、 謝罪等の攻撃意思を放棄したと思われる言動が認められる場合は、再度の攻撃の意思の不存在を推認させる事由となりうる。
⑷ 侵害者の粗暴癖、飲酒状態等の精神状態
侵害者の攻撃的な精神状態は、再度の攻撃の意思肯定に補足的に作用する要素である。裁判例においては、酒を飲んでは暴れる過去における行状(①)、もともと酒乱の傾向があり、かつ、被害妄想状態にあった事実(②)が、いずれも侵害の継続性肯定に作用する事由とされている。
⑸ 時間的・場所的接着性
侵害行為が中止された後、時間的・場所的に近接して反撃行為が実行された場合、 一般的に中止前の侵害者の攻撃意思が未だ失われていないことを推認させ、他方、侵害行為と反撃行為とが時間的・場所的に乖離していれば、侵害者の攻撃意思について否定的に作用する14。
本要素を侵害の継続性肯定の理由として明示したものとしては③④がある。
⑹ ま と め
ア 自発型に分類されるべき事例は4件と少なく、近年の否定例は見あたらなかった(唯一の否定例①は、昭和45年の判決である15)。そのため、 本類型の近年の裁判例が、いかなる場合に侵害の継続性を否定する傾向にあるかを検討するには、事例の集積が必要である。
イ 他方肯定例の中では、③が注目される。同判決は、侵害者が侵害行為の現場から逃げ出すという再度の攻撃の意思否定に強力に作用する事実を認定しながら、前記⑵⑶⑸の各要素で積極事由を指摘して侵害の継続性を肯定している。同判決の認定からすれば、侵害の継続性が相当に緩やかな基準で判断されているとの指摘が可能である。
ウ 本類型においては、 一般的に再度の攻撃の可能性は問題とならないと考えられる。侵害者・防衛者の優劣関係等の再度の攻撃の可能性に作用する要素を明示した裁判例は、④のみである16。
3 反 撃 型
⑴ 概 説
反撃型は、侵害者が防衛者による反撃行為を受け、侵害行為が止む類型である。たとえば、⑤では侵害者が防衛者の反撃行為によりぐったりして動かなくなった事実、⑨では侵害者が防衛者により背後から馬乗りになられた事実が認定されている。本類型においては、反撃行為を受けた侵害者の攻撃能力の低下や抑制が窺えるため、再度の攻撃の可能性が中心的な検討課題となる17。
本類型の裁判例において明示的に検討された間接事実をまとめると、一覧表2のとおりとなり、中止時の侵害者の攻撃能力の低下・抑制を示す事情(後記⑶)が検討要素に含まれているのが特徴である。
⑵ 中止前の侵害行為の性質
中止前の侵害行為の性質は、中止直前の侵害者の攻撃能力の程度を示し、これは中止後の侵害者の攻撃能力の程度を推認させる事由となりうる。
裁判例では、肯定例のうち8件が侵害の継続性肯定の理由として本要素を明示している(⑥⑦⑨⑪⑭⑯⑰-1⑰⑲-2。ただし、このうち⑭⑰-1⑲-2は攻撃意思の根拠としている)。他方、本要素が侵害の継続性否定に作用する事由として明示したものは見あたらなかった。
⑶ 中止時の侵害者の攻撃能力の低下・抑制を示す事情
中止時の侵害者の攻撃能力の低下・抑制の程度は、再度の攻撃の可能性の判断に直截的に影響を及ぼす重要な要素である。裁判例でも、16件中12件が本要素に言及しており、基本的な検討要素とされている。
ア 受傷・飲酒の影響による運動能力の低下
反撃行為による受傷や飲酒の影響による侵害者の運動能力の低下は、再度の攻撃の可能性否定に作用する間接事実である。裁判例では、侵害の継続性否定に作用する事由として、反撃行為による影響に言及したもの(⑩⑪⑬⑰-1⑰-2⑳)、飲酒酩酊による影響に言及したもの(⑨⑩⑯⑱)がある。
このうち⑩⑰-1⑰-2は、侵害者が身動きをしなくなった状態を侵害の継続性否定の理由として明示した。侵害者が全く、あるいはほとんど身動きをしない状態となった事実は、その攻撃能力が消失、あるいは著しく減退したことを示し、特段の事情のない限り再度の攻撃の可能性を否定づけるものと思われる。同状態が認定された裁判例は⑤⑧⑩⑪⑫⑰-1⑰-2であるが、⑪以外はいずれも同状態となった段階における侵害の継続性を否定している18。
イ 不利な体勢
侵害者が防衛者から馬乗りになられるなどして運動を抑制された状態や、バランスを崩した体勢となったことなどは、その攻撃能力の低下・抑制を推認させる。裁判例においても、防衛者に馬乗りになられた状態(⑨)やうつ伏せで押さえつけられた状態(⑱)などが侵害の継続性否定に作用する事由とされている(他に⑥⑭⑰-1⑰-2⑲-2)。
しかし、 身動きをしない状態が認定できず、 不利な体勢が認定されるに過ぎない段階では、なおも侵害が継続していると判断される例が多く、否定例は⑤⑱⑳のみである。
⑷ 中止後の侵害者の言動
中止後の侵害者の積極的な言動の存否やその態様は、再度の攻撃の可能性の判断に影響を及ぼす要素である。
検討対象の裁判例16 件のうち9件において本要素が明示的に検討されている。このうち、⑥⑨⑩⑪⑮⑯は、中止後の侵害者の積極的言動が侵害の継続性肯定に作用するとしており(ただし、⑩は、攻撃意思の根拠)、他方、⑰-1⑲-2⑳は、積極的な言動の不存在等が侵害の継続性否定に作用するとしている。
侵害者の積極的な言動は、再度の攻撃の意思を推認させるが、 当該攻撃意思に対応する攻撃能力については、当該言動の態様や前記⑶を中心として総合的に判断されるため、積極的な言動が認定された上で侵害の継続性が否定される場合もある(⑩)。
⑸ 侵害者の粗暴癖、 飲酒状態等の精神状態
⑨⑪⑮では、侵害者の粗暴性や飲酒による攻撃性が、侵害の継続性肯定の理由として明示されている。ただし、飲酒状態は、運動能力の低下として侵害の継続性否定にも作用しうる要素であり、⑨においては両面の指摘がされている。また、⑥は、⑥-1において高度の酩酊状態が侵害の継続性否定の理由とされた点について、飲酒による粗暴性を理由に、飲酒の事実が侵害の継続性を否定する事由とするに足りないと結論づけている。
他方、粗暴性の程度が低いことが侵害の継続性否定に作用する場合もあり、⑱では、 過去に防衛者が侵害者を羽交い締めにしたことにより侵害者の暴行が収まったことが否定理由として明示されている。
⑹ 防衛者側の事情
ア 侵害行為による防衛者の負傷の程度
本要素は侵害者の中止前の侵害行為の危険性を推認させる要素であり、侵害の継続性肯定の根拠となりうる。⑦は、侵害行為の性質とともに本要素を指摘し、侵害の継続性肯定の理由として明示している。
イ 防衛者の反撃行為の性質
⒜ 侵害の継続性が問題となる時点より前の反撃行為の性質
本要素は前記⑶の侵害者の攻撃能力の低下・抑制の原因に過ぎず、直截的な要素である前記⑶を検討すべきである。本要素を侵害の継続性判断の理由として明示的に指摘した裁判例は見あたらなかった。
⒝ 侵害の継続性が問題となる時点以降の反撃行為の性質
侵害の継続性が問題となる時点以降の反撃行為の性質は、同時点の侵害者の攻撃能力を示すものではなく、基本的には検討要素とすべきではない(⑥は、本要素につき、防衛行為の相当性判断において看過できないが、必ずしも急迫不正の侵害の判断においては考慮すべきではないとしている。)19。
⑺ 時間的・場所的接着性
⑨⑪⑬⑰-2では、 時間的接着性が侵害の継続性肯定の理由として明示されている。
⑻ ま と め20
ア 裁判例は、侵害者が全くあるいはほとんど身動きをしなくなった状態が認定された段階について、侵害の継続性を否定する傾向にある。ただ、⑪は、侵害者がほとんど動かないような状態になったと認定しながらも、前記⑶以外の全ての要素で積極事由を指摘して侵害の継続性を肯定しており、侵害の継続性の判断傾向を考察する上で重要な事例であるといえる。
イ 他方、前記状態が認定されない場合は、侵害の継続性が肯定される例が比較的多いが、否定例もある。この場合は、前記⑶により示される攻撃能力の低下・抑制の程度を中心に、その他の要素を含めた総合的な判断をすべきこととなる。近年の否定例としては⑱⑳しか見あたらず、前記状態が認定されない事案においていかなる場合に侵害の継続性が否定されるのかを考察するには、さらに事案の集積が必要と思われる。
ウ 本類型の特性として、侵害行為中止の当初は侵害の継続性が肯定できるものの、その後防衛者が反撃行為を継続させ、侵害者が受傷し続けたことにより、その攻撃能力が徐々に低下し、最終的には喪失に至った事案が散見される(⑬⑭⑮⑯)。この種事案においては、侵害者の攻撃能力が徐々に減少するため、侵害が消失した時期の特定が困難であり、真偽不明の場合は反撃行為の終了時まで侵害が継続していたものとして取り扱わざるを得ない(⑮参照)。
4 自 滅 型
⑴ 概 説
自滅型は、侵害者の自滅的な行為により侵害行為が止む類型であり、裁判例としては、㉑のみがこれに該当する。㉑では、侵害行為の現場から逃げ出した防衛者を追いかけた侵害者が、勢い余って通路の手すりの外側に上半身を前のめりにして乗り出した状態となり、侵害行為が中止している21。
本類型は、侵害者の攻撃能力が反撃行為により低下・抑制する反撃型事案と類似しており、基本的な検討手法は、反撃型で述べたところと共通する。
⑵ 再度の攻撃の意思
㉑は、侵害者が防衛者に対して執拗な攻撃に及び、その挙げ句に勢い余って手すりの外側に上半身を乗り出してしまったこと、及び、侵害者がかかる体勢になりながらもなおも鉄パイプを握り続けていたことを加害の意欲が旺盛かつ強固であったことの理由として明示しており、中止前の侵害行為の性質及び中止後の侵害者の言動を検討要素としている。
⑶ 再度の攻撃の可能性
侵害者の自滅的状況について、㉑-2が「容易には元に戻りにくい姿勢」と評価したのに対し、㉑は「間もなく態勢を立て直した上、被告人に追い付き、再度の攻撃に及ぶことが可能であった」と評価し、侵害の継続性を肯定した。
5 退 避 型
⑴ 概 説
退避型は、防衛者が退避したことにより侵害行為が止む類型である。たとえば、㉔では、防衛者が侵害行為の現場から退避して自室に戻り、自室に置いてあった果物ナイフを持って侵害行為の現場に戻り、反撃行為を行った事実が認定されている。
⑵ 侵害者が、退避する防衛者を追いかけた事実等の有無
侵害者が防衛者の退避を認識したのに防衛者を追いかけたり退避を妨害するなどの行動をとらない場合は、再度の攻撃の意思について否定的に作用する。また、それによって侵害者と防衛者との間の場所的な近接性が失われたことは、再度の攻撃の可能性について否定的に作用する。本稿で検討対象とした3件では、いずれも侵害者が退避する防衛者を追いかけた事実は認定されていない。㉓は、防衛者が隙を見て逃げ出した以降、侵害者が格別の行動をとっていない事実を侵害の継続性否定の理由として明示している。
他方、侵害者が退避する防衛者を追いかけた事実は、再度の攻撃の意思の存在を推認させる。また、追いかけたことにより場所的な近接性が維持された事実は、再度の攻撃の機会が維持されていることを示し、再度の攻撃の可能性の存在について肯定的に作用する。なお、退避する防衛者を追いかけた事実が認定された裁判例としては、㉑22と福岡高判平成10年7月13日(判タ986号299頁)23がある。
⑶ 退避後の反撃行為の際の侵害者の言動
退避後に反撃行為を行う防衛者に対し、侵害者が積極的な言動をしない場合は、侵害の継続性否定に作用する。㉒では、防衛者が退避して凶器を準備する間も、侵害者は終始立ったまま動かなかったとの事実が認定されており、侵害の継続性は否定されている。
他方、侵害者の積極的な言動が認められる場合は、再度の攻撃の意思、再度の攻撃の可能性の両面を肯定する要素として作用する。㉔は、侵害者が防衛者に飛びかかった事実を侵害の継続性肯定の理由として明示している24。
⑷ ま と め
侵害者が防衛者を追いかけて場所的な近接性が失われていない場合は、退避以外に侵害が微弱化する特段の事情がない限り、侵害の継続性は肯定されるものと思われる(㉑及び前記福岡高判平成10年7月13日参照)。
他方、侵害者が防衛者の退避を認識しつつ追いかけるなどの行為をしなかった場合は、侵害の継続性が問題となる。本稿において検討した裁判例では、退避後の侵害者の言動のみが明示的な検討要素とされているが、他の類型で取りあげた各要素も判断要素になりうると考える。
6 凶器支配移転型
⑴ 概 説
ア 凶器支配移転型は、侵害者の凶器に対する支配の全部又は一部が喪失し、それが防衛者に移転し、当初の凶器を用いた侵害行為が止む類型である。本稿で検討対象とした裁判例においては、いずれも防衛者が当該凶器を用いて反撃行為をしており、防衛者が奪取した凶器を放り投げるなどして双方のいずれも支配しないこととなる事案は見あたらなかった。
イ 本類型における中止前の侵害行為は、一般的に凶器を使用した高度の危険性を具備したものであるところ、侵害の継続性の判断においては、まずは凶器使用を前提とした高度に危険な侵害が継続しているかどうか、換言すれば、侵害者が凶器を奪還するおそれが認められるかどうかを検討すべきである25。そして、この凶器奪還のおそれは、第2の2で述べた㉑の枠組みに照らし、「侵害者が防衛者から凶器を奪い返し、再び凶器を用いた侵害行為を行う意思(凶器奪還の意思)、及び、当該意思に基づいて当該行為が実現される客観的可能性(凶器奪還の可能性)」の両面で考察されるべきである。
本稿で検討対象とした裁判例においても、凶器奪還のおそれを明示的に検討したものが複数ある。凶器奪還のおそれを肯定したものとして㉘-1㉘㉙㉜㉞㊱-1㊴、これを否定して侵害の継続性を否定したものとして㉛がある。また、侵害の継続性は肯定しつつ、防衛行為の相当性判断において、凶器奪還のおそれを否定したものとして㉝㊲がある。
なお、凶器奪還のおそれが否定される場合であっても、「何らかの態様による攻撃」の可能性が排斥されない場合は、その限度で侵害の継続性は肯定される(㊲)。
ウ 本類型では、凶器支配の全部又は一部を喪失した侵害者が、当該凶器を防衛者から奪還しない限り当初の凶器を用いた侵害行為を再開できない状態となっているため、再度の攻撃の可能性(凶器奪還の可能性)が中心的な検討課題となると思われる。
本類型の裁判例において明示的に検討された間接事実(凶器喪失の事実は除く)をまとめると、一覧表3のとおりとなり、双方の優劣関係(後記⑷)が検討要素に含まれているのが特徴である26。
⑵ 凶器支配喪失前の侵害行為の性質
凶器が用いられた侵害行為の性質、及び、これにより示される侵害者の攻撃意思及び攻撃能力は、凶器奪還の意思及び可能性の存否を推認させる要素となる。裁判例では、侵害の継続性を肯定した16件のうち11件(㉖㉘-1㉙㉚㉝㉟㊱-1㊱㊳㊴㊵㊶)が、本要素を肯定理由として明示している。他方、㉝㊲は、凶器奪還のおそれ否定の理由として本要素を指摘している。
⑶ 凶器支配喪失後の侵害者の言動
ア 侵害者の積極的な言動が認定される場合
凶器に対する支配を失った侵害者が、防衛者から凶器を奪い返そうとしたり、新たな攻撃に出るなどの積極的な言動が認められる場合は、凶器奪還の意思が直截的に推認される。また、侵害者が防衛者の凶器を持った手をつかむなど、凶器奪還のための具体的な言動が認められる場合や、侵害者が防衛者に対して激しい追撃を行った場合は、防衛者の凶器支配の程度が脆弱であり、凶器奪還の可能性が高いことが推認される。このように本要素は、凶器奪還の意思及び可能性の両面に直截的に作用する重要な要素である。
裁判例では、凶器を拾おうとした事実(㉘-1㉘)、防衛者の手につかむなどした事実(㉚㊴㊵)、包丁から手を離していなかった事実(㉝)、 追撃を行った事実(㉜㉞)、防衛者と対峙し続けた事実(㊱)、「殺すぞ」と怒鳴ったり腹回りにしがみついた事実(㊶)が侵害の継続性肯定の理由とされている。また、㊱-1㊱㊳㊴では、攻撃意思を放棄するような言動がないことが侵害の継続性肯定の理由とされている。
イ 積極的な言動が認定されない場合
積極的な言動が認定されない場合、そのことが凶器奪還のおそれについて否定的に作用する要素となりうる(㊱㊲㊳)。しかし、凶器支配の移転から反撃行為までが短時間で行われ、時間的接着性が強く認められる場合には、侵害者が積極的な言動を行う時間的余裕がなかっただけに過ぎず、当該言動の不存在を凶器奪還のおそれないし侵害の継続性否定の理由とすべきではない(㉕㉖参照)。
⑷ 侵害者・防衛者双方の優劣関係
凶器奪還の可能性の存否を判断する上では、侵害者が凶器を奪還する能力と防衛者が凶器奪還を阻止する能力の優劣関係が重要な要素となる。17件のうち13件という多くの裁判例が本要素を明示的に検討している。
ア 体格・腕力・体力
侵害の継続性肯定の理由として、侵害者の体格や年齢等を指摘したもの(㉗㉜㊵)、他方、侵害の継続性否定に作用する要素として防衛者の体格等が優れていることを指摘したもの(㉞㊱㊴)がある。また、凶器奪還のおそれを否定した㉝㊲は、いずれも否定理由として侵害者の体格を指摘している。
イ 飲 酒
侵害の継続性肯定の理由として、侵害者が飲酒酩酊していないこと(㉟)、侵害者の飲酒が軽度、中等度のものでありごく普通の状態であったと認められること(㉜)が指摘されている。他方、㉛は、凶器奪還のおそれ及び侵害の継続性否定の理由として、侵害者が飲酒状態にあることと防衛者が飲酒酩酊していない点を指摘している。また、㉝㊲は、凶器奪還のおそれを否定する理由として、いずれも侵害者の飲酒酩酊を明示している。
ウ 受傷の部位・程度・精神状況
侵害の継続性肯定の理由として、防衛者の受傷の事実及びその程度(㉕㉗㉙㉜)や興奮・狼狽状況(㉞)を指摘したもの、侵害者が受傷していないことを指摘した㉜㉟がある。他方、侵害者の受傷等が侵害の継続性否定に作用する要素とした㉙㊳がある。
エ 体 勢 等
侵害の継続性肯定の理由として、防衛者の手が侵害者からつかまれた状態であることを指摘した㉙がある。
また、侵害者と防衛者が至近距離で接している状況は、侵害者が凶器奪還に及ぶ余地があることを示し、凶器奪還の可能性肯定に作用する事由となりうる。双方が至近距離で接していることなどを侵害の継続性肯定の理由として明示したものとして㊱-1㊲㊴がある。
オ 第三者による加勢
第三者による加勢がある場合は、加勢される側が優位であるとの判断に傾く。防衛者側の加勢を指摘したものとして㉛㊱-1、侵害者側の加勢を指摘したものとして㉟がある。
⑸ 侵害者の粗暴癖、 飲酒状態等の精神状態
侵害者の粗暴癖、事件当時の興奮状態等の精神状態を侵害の継続性肯定の理由として明示したものとして㉗㉘-1㉙㉞㊳がある。
⑹ 時間的・場所的接着性
時間的接着性を侵害の継続性肯定の理由として明示した裁判例としては、㉖㉝㊱㊱-1㊲㊳㊵㊶がある(なお、㊳は場所的接着性についても言及している)。
特に、凶器支配の移転から反撃行為までが一瞬にして行われ、侵害者の積極的な言動が認定されない事案においては、本要素が凶器奪還のおそれを肯定する有力な根拠となる場合があると思われる。
⑺ ま と め
ア 凶器奪還を前提とした侵害の継続性
凶器奪還のおそれを肯定した裁判例は、㉘-1㉘㉙㉜㉞㊱-1㊴である。これら事案においては、前記各要素において積極事由が認定されているのであるが、㊱-1以外の全ての事案において、凶器支配喪失後の侵害者の積極的な言動が認定されている(㉙においては、侵害者が防衛者の手をつかんだ事実が認定されている)。また、㉞㊴では、前記⑷の要素において防衛者優位を示す事由が認定されているが、凶器奪還のおそれは否定されていない。
他方で、凶器奪還のおそれを否定したものとして、㉛㉝㊲がある。これら否定例では、双方の優劣関係の要素において、いずれも防衛者優位の事由が認定されている上、㉛では防衛者の協力者が存在し侵害者を制止していたこと、㉝では侵害者が飲酒により運動能力がかなり減弱していたこと、㊲では侵害者が飲酒により歩くのもおぼつかないことなど、いずれも有力な消極事由が指摘されている。特に、㊲においては、前記⑵⑶⑷の各要素でいずれも消極事由が指摘された上、防衛者が侵害者ののどを手で押さえその背中を壁に押しつけた状態であり、侵害者が特段の抵抗行為をせずに大人しくなっていた事実が認定されており、防衛者が圧倒的な優位にあり侵害者をほぼ制圧していたことが窺える。
以上の肯定・否定例を比較すると、防衛者に優位な点が指摘される場合であっても有力な積極事由があれば凶器奪還のおそれが肯定されうるが、双方の優劣関係の要素において有力な消極事由が認められ、侵害者が防衛者によりほぼ制圧されたとみられる場合は凶器奪還のおそれが否定される傾向にあるとの指摘が可能である。
イ 何らかの態様による侵害行為を前提とした侵害の継続性
本類型において侵害の継続性が否定されたのは㉛のみであり、近年の否定例は見あたらない。前記のとおり、㊲は、防衛者が侵害者に対して圧倒的に優位にあった事案であるが、なおも何らかの態様による攻撃の可能性が排斥できないとして侵害の継続性を肯定している。
第4 考 察
1 裁判例の判断傾向
⑴ 基本的枠組み
裁判例の大勢は、生命・身体に対する侵害行為が止んだ事案について、侵害の継続の有無という枠組みにより正当防衛状況を判断する傾向にある。
そして、第3における分析によれば、裁判例において明示的に指摘された間接事実は、 退避可能性等の一部の例外を除き、再度の攻撃の意思及び再度の攻撃の可能性を推認させる要素として理解することが可能である。そして、これら両要素は、再度の攻撃のおそれを推認させるものである。
したがって、裁判例の大勢は、再度の攻撃のおそれによって侵害の継続性を判断する傾向にあるといえる。
⑵ 再度の攻撃のおそれの程度
近年の裁判例には、再度の攻撃の意思あるいは再度の攻撃の可能性につき否定的に作用する間接事実が認められ、再度の攻撃のおそれが相当に乏しいと思える場合であっても侵害の継続性を否定せず、再度の攻撃のおそれが完全に否定されない限り、侵害の継続性を肯定する傾向が窺える。その論拠は以下のとおりである。
⒜ 近年の裁判例の中には、 再度の攻撃のおそれが相当に乏しいと思える場合でも侵害の継続性を肯定する事例が散見される。侵害者が防衛者に背を向けて逃げ出したため、再度の攻撃の意思が乏しいと思える③、侵害者が防衛者の反撃行為により転倒し、仰向けに倒れてほとんど動かないような状態となったため、再度の攻撃を実行するための余力が乏しいと思える⑪、侵害者が防衛者からのどを絞められて背中を壁に押しつけられ、かつ凶器を奪われても特段の抵抗行為に出ないなど、攻撃の意思及び能力の両面が乏しいと思える㊲について、いずれも侵害の継続性が肯定されている。
⒝ 他方、 近年の否定例をみると再度の攻撃のおそれが完全に否定されたと窺える事例が多い。㉑以降の近年の裁判例のうち侵害の継続性を否定したものは、反撃型の⑫⑬⑰-1⑰-2⑱⑳及び退避型の㉓である。このうち反撃型の⑫⑰-1⑰-2は、 いずれも侵害者が身動きをしない状態となった事実が認定されており、⑰-2は「その後に被害者が被告人に暴行を加える可能性はなく」と判示している。また、⑱は「被告人に対する暴行に及ぶことが不可能になったものと認められる。」「被害者は完全に制圧され、もはや被告人に対する激しい暴行を継続する可能性はなかったものと認められる」と、⑳は「それ以上の攻撃を加えることはおよそ不可能であって、攻撃を継続できるような状況にはなかったことは明らかであり」と判示しており、再度の攻撃のおそれが完全に失われる程度に至ったと判断されていることが窺える27。
⒞ さらに、 肯定例の裁判例の中には、 再度の攻撃のおそれが完全に消滅していないことを侵害の継続性肯定の理由としたと思われるものがある。たとえば、⑪は「更に加害に出るおそれは多分にあったというべきであり……そのおそれが完全に消失していたと断定するにはなお足りないものが残る。」と、㊲は「『何らかの態様による攻撃』の可能性を完全に排斥することは困難」と判示した上で侵害の継続性を肯定しており、再度の攻撃のおそれが完全に否定されない限り侵害の継続性を肯定する態度が窺える。
このように近年の裁判例は、 再度の攻撃のおそれが完全に否定されない限り侵害の継続性を肯定する傾向にあると指摘することができる。
⑶ 再度の攻撃の時間的切迫性
本稿で検討対象とした裁判例の大多数は、再度の攻撃の時間的切迫性について明示的に言及していない2829。
判決理由において認定されている事実関係を前提にすれば、裁判例の大勢は、再度の攻撃が間近に押し迫っていることを示す侵害者の具体的な挙動が認定されない段階においても正当防衛状況を肯定しており(③⑪㊲等)、急迫の要件として「法益の侵害が……間近に押し迫つている」状況を厳格に要求していないということができる。
2 考 察
⑴ 侵害の継続という概念
まず、侵害行為が止んだ事案において、侵害の継続の有無という枠組みでの判断が許されるのであろうか。これは侵害をいかなる概念と解するかに左右される問題であると思われる。
侵害の意義については、「侵害行為」30あるいは「他人の権利に対して、実害または危険を与える行為」31であるとの見解がある。これを前提にすれば、侵害の継続性判断は侵害者の行為が基準とされるため、侵害行為が終了していれば侵害が終了していると評価されることとなる32。しかし、法は単に「侵害」と規定しているに過ぎないし33、同見解によれば個々の侵害行為を捉えた分析的・分断的な考察に陥るきらいがある。
そこで、侵害とは、「権利に対する実害のほか危険を含む概念」34と解した上で、個々の侵害行為は一連の侵害を構成する要素に過ぎないと捉えるべきである35。これを前提にすれば、侵害行為が止んだ場合であっても、 侵害の継続の有無という枠組みで正当防衛状況を判断することが可能であり、個々の外形的行為ごとに分析的、分断的に考えるのではなく、「全体の流れの中で個々の外形的行為の意味合いを考えることのできる判断枠組」36を提供することが可能である37。
以上を前提にすれば、侵害行為が止んだ事案について、侵害の継続の有無という枠組みで正当防衛状況を判断する裁判例の判断傾向は是認することができる。
⑵ 再度の攻撃のおそれ
次に、 再度の攻撃のおそれによって侵害の継続性を判断する点について検討する。
生命・身体に対する侵害行為が実行されて法益に実害が生じた場合であっても、当該侵害行為が止んだ時点においては、もはや法益に対する実害は現在しない。既に発生した死傷の結果(実害)は、それ以後の反撃行為によって排除をする余地がないから、侵害行為が止んだ時点においては侵害を構成しないと解すべきである。とすれば、この場合の侵害の有無は、当該時点における法益に対する危険の状態により判断されることとなる。また、侵害行為が実行されたものの実害が発生せず、法益に対する危険を発生させるに止まった場合についても、侵害行為が止んだ時点の侵害の有無は、法益に対する危険の状態により判断されることとなる。
ここで法益に対する危険とは、将来の実害発生のおそれにより法益が脅かされることであるから、侵害の継続性は、法益に対する将来の実害発生のおそれ、すなわち「再度の攻撃のおそれ」によって判断されるべきである。
以上を前提にすれば、再度の攻撃の意思及び再度の攻撃の可能性の両要素から推認される再度の攻撃のおそれによって侵害の継続性を認定する裁判例の判断傾向は、是認される。
なお、退避可能性は、法益に対する危険の状態の有無を推認させる要素ではなく、侵害の存在を前提としてそれを避けられるかどうかの問題であるため、侵害の継続性判断においては検討要素とすべきではない。
⑶ 再度の攻撃のおそれの程度と時間的切迫性
ア 判例は、「急迫」とは「法益の侵害が現に存在しているか、または間近に押し迫つていることを意味」するとしており、時間的切迫性を要求している。学説も、急迫につき「未遂にきわめて接着した予備行為の段階」などと説明し、具体例として凶器を取り出そうとすることなどが挙げられている38。したがって、侵害の始期が問題となる局面においては、実害発生が時間的に切迫していることを示す侵害者の具体的な挙動の存在が要求されていると解され39、実害発生のおそれについても高度の蓋然性が要求されることとなる。
他方で、裁判例の大勢は、侵害の継続性が問題となる局面においては、再度の攻撃のおそれが完全に否定されない程度の蓋然性が認められれば、厳格な時間的切迫性を要求することなく正当防衛状況を認める傾向にあるといえる。
このように、侵害の始期が問題となる局面と侵害の継続性が問題となる局面において、判断の基準を異なるものとすることは許容されるのであろうか40。
イ 急迫性の趣旨については、 防衛者が法益に対する侵害の存否の判断を間違えるおそれを回避し、正当防衛制度の濫用を防止する観点から41、侵害の存否に関する防衛者の「推測を客観的に担保する外形的状況」として現実の侵害との時間的接着性が要求されているとの指摘がある42。かかる指摘を前提とすれば、急迫性の適用により回避しようとした弊害が発生するおそれが類型的に乏しく、急迫性を適用すべき要請が後退する局面においては、時間的切迫性を緩和することが許容されると思われる。
そこで問題は、侵害の継続性が問題となる局面において急迫性の適用を緩和する合理的根拠が存在するか否かである。両局面の間には、侵害者が実際に侵害行為を実行したか否かという差異があるため、これが急迫性の趣旨にいかなる影響を及ぼすかを検討したいと思う。
ウ まず、防衛者が侵害の存否の判断を誤るおそれという視点から検討する。
侵害の始期が問題となる局面は、通常は侵害者の攻撃能力には問題がないため、防衛者の判断の対象は、侵害者の攻撃意思の存否である。そして、侵害者の攻撃意思は内心に他ならないから、たとえ暴力的言辞が認められたとしても、「単なる脅し」であるのか「本気で攻撃するつもり」であるのかなどの真意を外部から正確に読み取ることは相当に困難である。したがって、侵害の始期が問題となる局面は、防衛者の誤認によって反撃行為が実行されるおそれが類型的に認められる。
他方、侵害の継続性が問題となる局面は、侵害者が実際に侵害行為を実行した後の段階である。侵害行為は、侵害者がその内心である攻撃意思を外部的な行為として表現したものであるから、その態様や強度等から侵害者の攻撃意思を相当程度正確に読み取ることができるし、その攻撃能力も示される。第3での検討のとおり、退避型を除くいずれの類型においても侵害行為の性質が検討要素とされているのは、これが侵害者の攻撃意思及び攻撃能力を推認させる重要な間接事実だからである。また、この局面においては、侵害者の攻撃能力の有無・程度が問題となる場合もあるが、これは侵害行為中止の経緯・原因、中止後の侵害者の言動、侵害者の状況等の侵害者と相対する防衛者が直接認識しうる要素から読み取ることができる。
このように侵害の継続性が問題となる局面は、防衛者にとって侵害の存否を判断するための有力な手がかりが与えられている段階であるから、それがない侵害の始期が問題となる局面に比べて、侵害の存否を判断する容易性・正確性には質的な差異が存在し、防衛者が侵害の存否の判断を誤るおそれが類型的に乏しいということができる。
エ 次に、 正当な法益に対する侵害のおそれという視点から検討する。
前記のとおり、急迫性の趣旨は、防衛者が法益に対する侵害の存否の判断を間違えるおそれを回避し、正当防衛制度の濫用を防止することにあると解されるが、これによって本来は反撃行為を受けるべきではない正当な法益がその対象となることを回避する狙いがあると解される。
そして、侵害の始期が問題となる局面においては、反撃行為の対象者が侵害行為を実行していないことを前提とするから、類型的に侵害の意図がない正当な法益が反撃行為の対象に混入するおそれがある。
他方、侵害の継続性が問題となる局面は、既に侵害行為が実行されたことを前提としている。前記のとおり侵害行為は侵害者の内面の攻撃意思を表現するものであり、一般論としてさらなる侵害行為が反復して実行される危険性が高いことを推認させるため、「『手は出していない』段階と『堪忍袋の緒が切れた』段階の違いがあり、社会常識的にみて、その後の暴力的行為の蓋然性は質的に異なる43」との評価が可能である。
したがって、侵害の継続性が問題となる局面は、侵害の始期が問題となる局面と比較して、類型的にその後に侵害行為が実行されるおそれが高く、不正な侵害の存在が認められやすいため、正当な法益に対して反撃行為が実行されるおそれが類型的に乏しいと評価することが可能である。
オ さらに、正当防衛制度が濫用されるおそれにも類型的な差異が認められると解される。
侵害の始期が問題となる局面は、未だ当事者の一方から侵害行為が実行されていないため、この場面で正当防衛の要件を緩和すれば、正当防衛の名を借りた法益侵害行為が実行されるなど、法秩序が阻害されるおそれがある。
他方で、侵害の継続性が問題となる局面は、既に侵害者が防衛者に対して違法な侵害行為を実行し、防衛者の法益に実害あるいは切迫した危険が発生したことを前提とする限定的な局面であり、前記おそれは類型的に低いといえる。
カ 以上の諸点によれば、侵害の継続性が問題となる局面は、急迫性の適用によって回避しようとする弊害が発生するおそれが類型的に乏しく、かかる弊害防止のために急迫性を適用する要請が低減していると評価することができる。したがって、本来の正当防衛の趣旨に立ち帰り、防衛者の法益保護の観点から、時間的切迫性を厳格に要求せずに正当防衛状況を認めるべきである。
以上からすれば、侵害の継続性が問題となる局面において、再度の攻撃のおそれが否定されない限り侵害の継続性を肯定し、厳格な時間的切迫性を要求しない裁判例の判断傾向は、是認できるものと解される。
第5 引用裁判例一覧表
結論欄の○×は,侵害の継続性について各裁判例が判示した結論である。
1 自 発 型
【番号】判例名(出典)[侵害の継続性判断の結論] |
事案の概要 |
①大阪地堺支判昭45.11.27(判タ261.292)[×] |
平素から酒を飲んでは防衛者に殴る蹴るの暴力を振るっていた侵害者(防衛者の夫)が、自宅において、防衛者の頭を2、3回殴打し、その頭髪をつかんで顔を畳にこすりつけた上、「わかるようにしてやる」と言いながらふらつく足で炊事場の方へ出ていこうとしたので、防衛者は、侵害者の背後からネクタイでその首を絞めつけて死亡させた。 |
②名古屋地判平7.7.11(判時1539.143)[○] |
平素からゴルフクラブで防衛者を殴打するなどの暴力を振るっていた侵害者が、防衛者方において、交際相手の防衛者に対して「もうお前はどこにも逃げられない、お前の命も今日限りだ」と言い、断続的に殴る蹴るの暴行を加え、ゴルフクラブで後頭部を殴打するなどした後、目を閉じて仰向けに横たわっていたため、防衛者は、侵害者の首をペテナイフで突き刺して死亡させた。 |
③東京地判平9.2.19(判時1610.151、判タ964.280)[○] |
侵害者が覆面姿で防衛者のアパートの居室に侵入し、防衛者にナイフを突きつけ、同ナイフを奪おうとした侵害者と防衛者がもみ合いになったため、防衛者は、侵害者の身体を押しやり、居室に置いていた自己の包丁を持って侵害者に向き直り、同所から逃げ出した侵害者を追いかけ、同所から約4.5メートル離れた場所で侵害者の背後からその背中を包丁で1回突き刺して死亡させた。 |
④大阪高判平16.7.23(判タ1168.290)[○][原審;×] |
深夜防衛者の居宅を訪れた侵害者が、防衛者に対して「お前も病院に入れてやるわ。」などと怒鳴った上で、顔面を拳で殴ったり、頭突きをして鼻血を出させるなどの暴行を加えたため、防衛者は、タバコを吸うために防衛者に背を向けていた侵害者に対し、居宅に置いていた切り出しナイフをもってその脇腹等を突き刺し死亡させた。 |
2 反 撃 型
⑤広島高判昭41.12.6(高検速報41.105)[横倒れの段階で×] |
実弟である侵害者から、丸太の薪で左あごを殴打され足で蹴られるなどの暴行を加えられた防衛者は、侵害者に対し、天秤棒で右肩を一回殴打し、さらに両手を上げて向かってくる侵害者を手で突き飛ばして畑の中に横倒れにさせ、立ち上がりかけている同人の肩、首、頭の付近を何度も殴りつけた。防衛者は、侵害者がぐったりとしたためいったんは家に引き返したが、侵害者が手をついて頭を持ち上げていたため、再度掛矢をもって引き返し、同人の頭目がけて一発殴打して死亡させた。 |
⑥東京高判昭55.11.12(判時1023.134)[○][原審;しりもちをついて転倒した段階で×] |
かねて酒癖が悪く、飲酒しては粗暴な振る舞いをすることがあった職場の同僚である侵害者から、つかみかかられたり顔面を殴るなどされた防衛者は、侵害者の顔面を手拳で強く一回殴り床にしりもちをつかせたが、同人がなおも両手のこぶしを振り上げ「このやろう」と怒鳴るなどしたことから、とっさにその顔面を足で強く蹴って転倒させ、さらに顔面、腹部等を蹴るなどの暴行を加えて死亡させた。 |
⑦大阪高判昭58.10.21(判時1113.142)[鉄棒を奪った後、4、5回殴打して転倒させた後のいずれも○][原審;転倒して許しを請うた段階で×] |
歩行中の防衛者A及び同Bと自動車を運転していた侵害者は、路上で罵り合いとなり、いったんは収まった。自動車を停車して追いかけてきた侵害者から、いきなり鉄棒で顔面や頭頂部を殴打された防衛者両名は、なおも殴りかかろうとする態勢にあった侵害者に対し、組み付くなどの反撃をし、鉄棒の奪い合いとなった上で、道路に投げ倒して鉄棒を奪い取った。防衛者両名は、さらに侵害者に対し、奪った鉄棒でその頭部を殴打し、なおも立ち上がって立ち向かってきた同人に対し、4、5回頭部を殴打して転倒させるなどし、さらに「堪忍、堪忍」と許しを請うた同人に対し、頭部を靴履きの足で押す暴行を加えて傷害を負わせた。 |
⑧津地判平5.4.28(判タ819.201)[⒜の段階は○、⒝の段階は×] |
防衛者方に押しかけてはたびたび暴力を振るっていた実兄である侵害者から、いきなりパン切り包丁で切り掛かられた防衛者は、もみ合ううち侵害者が落とした包丁を拾い上げ、侵害者を押し倒して馬乗りになり、包丁及びボールペン等でその顔面、頭部等を数十回にわたり突き刺した(⒜)。防衛者は、侵害者が動かなくなったためその様子を見守ったところ、同人が動いた感じがしたので、その頸部を2回圧迫し(⒝)、死亡させた。 |
⑨東京高判平6.5.31(判時1534.141、判タ888.246)[○][原審;馬乗りの段階で×] |
粗暴で酒癖が甚だ悪く、日頃飲酒しては防衛者に暴力を振るっていた防衛者の次男である侵害者から、防衛者方において、顔面を手拳で殴打され、腰付近をつかまれるなどし、つかみ合いとなった防衛者は、「じいさん、先が短いのだから俺が殺してやる。」などと言った侵害者に対し、とっさに足払いを掛けて転倒させ、うつ伏せの状態になった同人の背中に馬乗りになり、その背後から頚部を両腕で締め付けて死亡させた。 |
⑩東京地判平6.7.15(判タ891.264)[木の棒による殴打の段階は×] |
浮浪者である侵害者から、買ってきた酒を強引に飲まれ、さらには襟首をつかむ暴行を加えられた浮浪者である防衛者は、侵害者の胸部を両手で突き飛ばして、仰向けに転倒させ、その頭部をコンクリート路面に強打させる暴行を加えた。防衛者は、身動きしなくなった侵害者の上半身を起こしてやるなどしたところ、侵害者が「てめえ、このやろう、勝負しちゃうぞ。」などと言って着衣のポケットを探るような仕草を示したため、ナイフでも取り出そうとしているのではないかと誤信し、木の棒で同人の胸部などを多数回殴打するなどして死亡させた。 |
⑪東京地判平9.9.5(判タ982.298)[○] |
実父である侵害者方において就寝中の防衛者は、侵害者から起こされ、果物ナイフで左肩背部を刺され、左後頭部を切りつけるなどされたため、侵害者に対し、その頬を数回平手打ちし、顔面に数回頭突きをして転倒させ、仰向けに倒れてほとんど動かないような状態の同人の胸部ないし腹部を数回踏みつけるように強く足蹴りにするなどの暴行を加え、死亡させた。 |
⑫富山地判平11.11.25(判タ1050.278)[Aが包丁を取り出して刺突に及んだ段階は○、Bの刺突時は×] |
侵害者方において、侵害者(防衛者A及び同Bの実父)とBとが口論となり、Bと侵害者とが殴り合い、もみ合いとなった上、侵害者を制止しようとしたAが加わって三者がもみ合うこととなった。そして、侵害者が醤油入りの一升瓶を壁にぶつけて割り、注ぎ口部分の破片をBの顔面に数回突き出して切り傷を負わせ、Bが侵害者の首付近を左腕で抱えてその上半身を床に押さえつけたものの、さらに侵害者が上記破片をBの左膝付近にねじ込むように突いたため、Aは籘椅子を十回くらい振り下ろして侵害者の腰付近を殴打したが、侵害者はなおも上記破片をBの左膝付近に押しつけ続けた。Aは侵害者方にあったステンレス洋包丁を侵害者の左側胸部などに連続して十数回突き刺し、BはAから同包丁を受け取った上でほとんど動かなくなった侵害者の左側頸部を同包丁で一回突き刺し、死亡させた。 |
⑬東京高判平12.11.16(東高刑報51.1~12.110)[終盤に×][原審;⑬より早期に×] |
路上ですれ違った侵害者から、いきなり殴りかかられるなどの暴行を受けた防衛者は、侵害者に殴り返し、つかみ合い、殴り合いの状態となったが、その脇腹を数回膝蹴りするなどしたため、侵害者は攻撃をすることができなくなった。さらに防衛者は、つかみ合っている侵害者に膝蹴りを加えるなどの暴行を継続し、さらに仰向けに倒してその頭部を路面に打ち付ける暴行を加えて傷害を負わせた。 |
⑭東京高判平14.3.12(裁判所WEBサイト)[転倒して座った段階は○、足蹴を繰り返すうちに暴行の意思も能力も喪失したが時期は明確でない] |
野外で暴力団組員を装った侵害者から、因縁をつけられ、その胸を小突かれたり、その足を踏みつけながら顔面を手拳で殴打しようとされたり、右手をジャンパーのポケットに入れ「ふざけんじゃねえ。ぶっ殺してやる。」と言われた防衛者は、侵害者に対し、その顔面を手拳で1回殴打した上、組み付いて押し仰向けに転倒させるなどした。さらに、防衛者は、両足を前に伸ばして座り、両腕で顔をおおうようにして反抗しない侵害者に対し、その顔面、頭部付近等を約17回にわたり足蹴にする暴行を加え死亡させた。 |
⑮東京地判平14.11.21(判時1823.156)[うつ伏せで倒れこんだ段階は○、その後抵抗が徐々に弱まったが手を離すまで○と認めるほかない] |
防衛者A(Bらの母)、同B(Aの長女)、C(Aの二男)及び侵害者(Aの長男)は、A方で居住していた者であるが、侵害者がA方で就寝中のCに対し一方的に後頭部等を手拳で何度も殴打するなどの暴行を加えた上、Aに向かっていく侵害者を制止しようとしたCを足蹴にしたり後頭部で頭突きをし、さらにAに殴りかかろうとするなどしたため、A、B及びCは、体勢を崩してカーペット上にうつ伏せに倒れ込んだ侵害者をそれぞれ押さえつけ、両足を激しくばたつかせたり、膝を立てて起き上がろうとするなどした侵害者がおとなしくなるまでの5分から10分くらい押さえ続け、死亡させた。 |
⑯甲府地判平18.2.8(裁判所WEB サイト)[倒れた段階は○、その後制圧された状態に陥ったが時期は明確でなく、侵害の継続の消失があったとの評価を加えるのは相当でない] |
暴力団組員である防衛者Aと舎弟である防衛者Bは、飲酒していたところ、別の暴力団組員から、侵害者が組事務所で包丁を持って暴れているから助けて欲しい旨の連絡を受けたため、同組事務所に入った。防衛者Aは、大声で怒鳴りながら両手に包丁を1本ずつ持った状態で防衛者Aに向かって来た侵害者に対し、両手でその両手首を掴み、防衛者Bは、手拳でその頭部を殴打し、さらに、防衛者Aはその脇腹や顔面を足蹴にし、手拳等で顔面を殴打したりするなどの暴行を加え、防衛者Bは、その頭部、背部、背中等を殴打したり、足蹴にするなどの暴行を加えた。侵害者は、当該暴行によって床に倒れ、両手に持っていた包丁をいずれも手放したところ、防衛者Bは、倒れた侵害者の背中に両膝で飛び乗り馬乗りになって、さらにその頭部や顔面を繰り返し手拳で殴打したり、頭部を足蹴にするなどの暴行を加えた。侵害者は死亡した。 |
⑰最決平20.6.25(刑集62.6.1859)[原審を前提][第1審・原審;投げつけ時○、転倒後×] |
以前から因縁を付けてきていた侵害者から殴りかかられ、膝や足で数回蹴られるなどした防衛者は、侵害者を蹴り返すなどしてもみ合いとなった上、アルミ製灰皿を投げつけた反動で体勢を崩した侵害者に対し、その顔面を右手で殴打し、同人を頭部から落ちるように転倒させた(第1暴行)。さらに、防衛者は、仰向けに倒れたまま意識を失ったように動かなくなった侵害者に対し、その腹部等を足蹴にしたり、足で踏みつけるなどの暴行を加えた(第2暴行)。侵害者は第1暴行により死亡した。 |
⑱さいたま地判平21.2.17(LLI登載)[両腕を押さえつけた時点で×] |
自宅で就寝中、酒に酔った妻である侵害者から、脇腹を蹴るなどの暴行を受けた防衛者は、台所の方に向かおうとした侵害者に対し、その両腕をつかんで敷き布団の上に座らせ、仰向けに押し倒し、その体を回転させて敷き布団上にうつ伏せにし、その背後から両腕を押さえつけ、その上に覆い被せた敷き布団の上にのしかかった上、被害者の頭部付近にかかっていた敷き布団付近を両手で少なくとも15分間力一杯押さえて死亡させた。 |
⑲最決平21.2.24(判時2035.160、判タ1290.135)[原審を前提][第1審;第1暴行の段階から×、原審;○] |
拘置所の同房者である防衛者との間でせっけんの使用方法を巡って言い争いとなった侵害者は、防衛者に対し、「やるんか、こらー、かかって来いや。」などといいながら、机をひっくり返して押し倒し、同机を防衛者の左足に当てた。防衛者は、同机を押し返して侵害者の左手に当て、そのまま侵害者を机で押し倒した(第1暴行)。防衛者は、同机に押し倒され、壁に上半身をもたれ、下半身付近に同机が覆い被さる状態となっている侵害者に中腰でまたがり、その顔面を数回手拳で殴打する暴行を加えた(第2暴行)。侵害者は第1暴行により傷害を負った。 |
⑳松山地判21.7.24(LLI 登載)[後ろ向きにした時点で×] |
自動車内において女性である侵害者から首を絞められた男性である防衛者が、侵害者に対し、その首を絞め返し、それにより侵害者の力が弱まったため、侵害者の体を後ろ向きにさせ、防衛者の右腕を外そうとするにとどまっていた侵害者に対し、その背後から右腕を回して首を絞め上げ、車内にあった侵害者のマフラーを首に巻き付けて長時間絞め続ける暴行を加えて死亡させた。 |
3 自 滅 型
㉑最判平9.6.16(刑集51.5.435)[○][第1審;×、原審;×] |
侵害者及び防衛者は同一の文化住宅2階にいずれも居住し、日頃から折り合いが悪かったものであるが、同文化住宅共用便所で小用を足していた防衛者は、突然背後から侵害者に鉄パイプで頭部を1回殴打される暴行を受け、もみ合いとなり、いったんは侵害者から鉄パイプを取り上げて侵害者の頭部を鉄パイプで1回殴打したが、再度侵害者に鉄パイプを取られ、振り上げて来られるなどしたため、その場から逃げ出した。防衛者は、振り返ったところ、鉄パイプを持ったまま手すりの外側に勢い余って上半身を前のめりに乗り出した姿勢になっていた侵害者を認めるや、その左足を持ち上げ、同人を手すりの外側に追い落として傷害を負わせた。 |
4 退 避 型
㉒東京高判昭44.3.3(東高刑報20.3.37)[車外に出た段階で×] |
自動車の運転者席に座っていた防衛者は、侵害者から横窓越しにいきなり果物ナイフ様の刃物で顎などに斬り付けられたため、素早く後部座席の方から車外に飛び出し、車の後部トランクの中から日本刀を取りだし、前記刃物を手にしたままで終始運転者席の横窓付近路上に立ったまま動かない同人を斬り付けた。 |
㉓大阪高判平9.6.25(判タ985.296)[バットによる殴打の直前で×] |
防衛者が運転する自動車により自車の進行を妨害されたと考えた侵害者は、防衛者車両を停車させ、運転席側ドア越しに防衛者の胸ぐらをつかんで前後に揺さぶり、その顔面や頭部を手拳で殴る暴行を加え、さらに運転席側ドアを開き防衛者を車外に引きずり出した上、車外でその胸ぐらをつかんで揺さぶるなどした。防衛者は、隙を見て侵害者から逃れ、後部トランクからバットを取って侵害者の立つ場所に戻って行き、両手を肩辺りまで前に上げるようにして構え防衛者の方に近寄ってきた侵害者に対し、同バットで3回殴りかかり、傷害を負わせた。 |
㉔大阪地判平19.12.27(裁判所WEB サイト)[○] |
同一のアパートに居住していた防衛者と侵害者は、侵害者の居室付近で口論となったところ、侵害者は、防衛者を蹴って転倒させた上、なおも蹴ったり踏んだりする暴行を加えた。防衛者は、自室に戻って果物ナイフ1本を手に持ち、再び廊下に出て、じっとにらむように見ていた侵害者に近づき、防衛者に飛びかかってきた侵害者に対し、その腹部、胸部等を多数回突き刺すなどし、傷害を負わせた。 |
5 凶器支配移転型
㉕大阪地判昭34.4.15(下刑1.4.1026)[○] |
侵害者は、職場の同僚でありその日に喧嘩をした防衛者に対し、いきなり刺身包丁でその左胸部を刺突し、さらに突きかかって行った。防衛者は、素早く右手でその包丁を払い落としたところ、侵害者がそれを拾い上げようとしたため、とっさに左手でその右肩を押し戻し、右手で包丁を取り上げざまその左季肋部を刺突し、死亡させた。 |
㉖福岡高判昭34.5.22(判時193.33)[○][原審;○] |
防衛者は、自宅を訪れ突然斧で眉間を斬りつけてきた侵害者に対し、しがみついた上で押し倒し、同人を仰向けに転倒させたところ、侵害者は倒れながら斧を振り上げた。防衛者は、侵害者から斧を取り上げて、倒れている侵害者の頭部を2、3回斬りつけて傷害を負わせた。 |
㉗札幌地判昭34.7.11(下刑1.7.1610)[○] |
侵害者から突然山刀で右前胸部を突き刺された防衛者は、とっさに上記山刀を奪い取り、そのはずみで倒れかかった侵害者を夢中で突き刺して死亡させた。 |
㉘大阪高判昭42.3.30(判時492.95、判タ209.241)[○、凶奪○][原審;○、凶奪○] |
歩行中すれ違った防衛者とその友人に因縁を付けた侵害者は、防衛者らめがけて刺身包丁を突きかかったため、防衛者らは箒を振り回して防戦し、防衛者の友人が箒を侵害者の手に当ててその包丁を落とさせた。防衛者と侵害者は同包丁を拾い上げようとしたところ、防衛者は、これを拾って手にし、同様に包丁を拾おうとして腰をかがませていた侵害者の左胸部を突き刺し、死亡させた。 |
㉙神戸地姫路支判昭42.5.30(判タ210.240)[○、凶奪○] |
貨物船の船員である防衛者は、貨物船内において、その日に殴り合いの喧嘩をした船員である侵害者から、料理包丁で突き刺された。防衛者は、侵害者の腰にしがみついて押しやったが、侵害者から右背部を刺され、さらに突きかかって来られた。防衛者は、貨物船に置かれていた作業用手斧を右手に持ち、これを振り回して防戦したが、侵害者から右手をつかまれて手斧を放し、左手で侵害者の包丁を奪い取って、とっさに同包丁でその右胸部を突き刺して傷害を負わせた。 |
㉚広島高判昭45.4.30(判時624.91、判タ249.276)[○][原審;凶器奪取段階で×] |
防衛者は、借金をしたまま行方をくらませていた侵害者に対し、前のようなことがあっては困る旨の注意をしたところ、侵害者は、防衛者に対し、短刀を取り出し、その左腹部付近をめがけて突きかかった。防衛者は、とっさに左手で侵害者の右手首を握り、右手で短刀をもぎ取ったが、なおも侵害者が短刀を奪い返そうとして左手でその右手首を握り立ち向かってきたため、同短刀で侵害者の左胸部を突き刺して死亡させた。 |
㉛福岡高判昭46.2.12(高検速報1100)[×、凶奪×][原審;○] |
侵害者からサーベルで胸を刺された防衛者は、侵害者からサーベルを奪い取った後、左手に持った同サーベルで侵害者の肩の辺りを一回強打し、なおも立ち向かってくる同人に対し、右手に持ち替えた同サーベルでその腹部を突き刺した。 |
㉜福岡地判昭46.3.24(判タ264.401)[○、凶奪○] |
侵害者と防衛者が、1メートル余りの感覚で向き合っていたところ、侵害者が隠し持っていた出刃包丁をいきなり防衛者めがけて突き出し、その右大腿部内側に突き刺して刺創を生じさせた。防衛者は、同包丁を抜き取り、なおも石のような物を持って殴りかかってきた侵害者に対し、同包丁でその胸部等を突き刺し、死亡させた。 |
㉝名古屋高判昭46.12.8(刑月3.12.1593)[○、相当性判断において凶奪×] |
防衛者(女)とA男との間の関係に嫉妬した侵害者(男)が、包丁を見せ、「これからAを殺してきて、お前も殺す」旨言って外に出ようとしたため、防衛者は、侵害者に対し、その背後から組み付き、もみ合い中、侵害者の同包丁を奪い取った上、その右胸部付近を突き刺して死亡させた。 |
㉞那覇地沖縄支判昭56.4.20(判時1013.143)[○、凶奪○] |
金銭を貸し付けていた知人である侵害者方を訪れた防衛者は、侵害者から返済を受けられず、侵害者から顔面を手拳で殴りかかられたため、それを避けて侵害者の顔面を殴り返した。侵害者は、同所から立ち去ろうとした防衛者に対し、包丁で突き刺しかかったため、防衛者はとっさに身をかわしてその右手首をつかみ、組み合いを続けるうち侵害者とともにうつ伏せに倒れ、そのはずみでゆるんだ侵害者の手から同包丁を奪い取って立ち上がった。すると、侵害者もすかさず立ち上がり、防衛者に枕を投げつけるなどして襲いかかろうとしたため、防衛者は、侵害者に向けて同包丁を振り下ろし、さらに侵害者が覆い被さるような格好で飛びかかろうとしたため、その胸部付近めがけて同包丁を斬りつけ、さらに侵害者が攻撃の手をゆるめようとせず傷つき血まみれになりながらも立ち向かってきて包丁を奪い返そうとしたため、侵害者に同包丁で斬りつけ、死亡させた。 |
㉟神戸地判昭61.12.15(判タ627.218)[⒜は○、⒝は侵害不存在、⒞は×] |
暴力団組員である侵害者K及び同Nから呼び出された防衛者は、約4時間にわたり、Kらから脇差を胸部に突きつけられるなどの脅迫を受けたり、包丁でその左ほほを切り付けられる暴行を受けるなどした。K方において、左頬の切創の治療に関する防衛者の発言に逆上したKが脇差が置かれていた六畳間に走り込んでいった際、防衛者は、Kの後を追って六畳前に走り込み、Kが両手で取り上げようとしていた脇差をとっさに両手で握り、両者の奪い合いとなり、最後には防衛者が脇差を奪い取った。防衛者は、同脇差を構え、Kの胸部付近をめがけて突き刺した上、同脇差を抜き取った反動で倒れかかってきたKの後頸部を同脇差で切り付けた(⒜)。さらに、防衛者は、包丁を腰に構えて立っているNに走りより、同脇差をNの左胸部に突き刺した(⒝)。Nが逃走したため、防衛者は、さらに倒れていたKの頸部付近を脇差で切り付けた(⒞)。Kは死亡し、Nは傷害を負った。 |
㊱大阪高判平9.8.29(判時1627.155、判タ983.283、判時1590.159)[○][原審;○、凶奪○] |
居酒屋の常連客であった防衛者は同居酒屋でカウンター席に座って飲酒中、同居酒屋の常連客であり以前手拳で殴打したことのある侵害者から、突然背後より出刃包丁で背中を刺された。防衛者は、侵害者が同包丁を両手で握って防衛者の方へ向け、さらに向かってきたため、立ち上がり、両手でその両手首をつかみ、もみ合いの末同包丁を奪い取り、直ちに同包丁でその胸部等を突き刺すなどし、死亡させた。 |
㊲横浜地小田原支判平13.10.26(LLI 登載)[○、相当性判断において凶奪×] |
勤務先の寮の寮長である防衛者から、消灯時間を過ぎているため自室に戻るよう注意された侵害者は、所携の柳刃包丁を持ち、体ごと前のめりになるようにして同包丁を防衛者に突き出した。防衛者は、これをよけてかわした上、左手で侵害者の右手を外側から平手ではたき、よろめいた侵害者ののどを右手で締めて押さえ、左手で侵害者の右手の手首付近を握って押さえ、そのままその背中を壁に押しつけた。防衛者は、特段の抵抗行為にでない侵害者に対し、左手でその包丁を取り上げ、左手に持った同包丁でその大腿部付け根付近を突き刺し、死亡させた。 |
㊳東京地平15.7.4(LLI 登載)[第1刺突行為時○、第2刺突行為時○] |
侵害者(男)と防衛者(女)は、侵害者が週に2回くらい防衛者方に泊まるなどの関係であったところ、防衛者は、防衛者方において口論となった侵害者から、殴る蹴るの暴行を受け、さらにプラスチック製の置物で背中や頭を殴打され、その右手をつかまれてねじ上げられ、菜箸を突きつけられて脅迫されるなどしたため、同菜箸を取り上げて流し台に投げ入れた上、同所に置いてあった包丁を手にとり、侵害者の右腰部を1回突き刺した。侵害者は、右腰部に刺さった同包丁を右手で抜き取り、頭上に振りかざしながら、左手拳で防衛者の顔面や後頭部を数回殴打してきたため、防衛者は、侵害者から同包丁を奪い取り、その全胸部を突き刺し、死亡させた。 |
㊴甲府地判平17.12.14(裁判所WEBサイト)[○、凶奪○] |
侵害者を助手席に乗せて自動車を運転していた防衛者は、侵害者と口論となり、いきなり侵害者から果物ナイフで頚部付近を切り付けられ、左後頭部から左頚部付近にかけて約20センチメートルの切創を負い出血した。防衛者は、車両を急停止させ、侵害者が振り回す果物ナイフの刃をつかむなどして同果物ナイフを取り上げたが、侵害者がそれを取り戻そうとして防衛者の手につかみかかってきて同果物ナイフの奪い合いとなったため、侵害者に対し、同果物ナイフでその右前胸部を1回突き刺し、死亡させた。 |
㊵岡山地判平21.1.19(LLI 登載)[○] |
防衛者は、自宅において、自宅で暴れては家電製品を壊したり、家族に暴力を振るうなど精神状態に変調が生じていた長男である侵害者から、いきなり出刃包丁で左腕を切り付けられ、さらに同包丁をのど元に突きつけられたため、侵害者の包丁を持つ右手首を左手でつかんだが、なおも侵害者が力を入れて押してきたため押し返したところ、拳で殴りかかられたため、右手の拳で侵害者の顔面を数回殴りつけ、侵害者をよろめかせてベッドに仰向けに倒れ込ませた。防衛者は、侵害者の包丁を持つ右手首を左手でつかんだままその体の上に馬乗りになり、侵害者の右手をつかむ左手に右手を添え、包丁の刃先を侵害者に向けたところ、侵害者から左手の拳で1回顔面を殴られたが、痛みはほとんど感じなかった。さらに防衛者は、侵害者に対し、左手の拳でその顔面を数回殴り、同包丁を右手で奪い取ったところ、侵害者からその右手を両手でつかまれるや、右手に左手を添え、同包丁の刃先を侵害者の顔の方に向け、両手で防衛者の両手をつかんで抵抗する侵害者に対し、そのままの状態で上から体重をかけてその首あたりをめがけて複数回にわたり同包丁で刺突し、死亡させた。 |
㊶高松地判平21.4.10(LLI 登載)[○] |
道の駅の駐車場において、侵害者から因縁を付けられて金銭の要求をされた上、マイナスドライバーの柄の部分で頭部を多数回叩かれた防衛者は、同ドライバーを奪い取ろうとしてもみ合いとなり、しりもちをついた侵害者から同ドライバーを奪い取るや、侵害者に対し、その首付根付近に同ドライバーを突き刺し、さらに「殺すぞ」などと怒鳴っている侵害者の首付根付近を突き刺し、さらに防衛者の腹回りにしがみついてきた侵害者の背中右上付近を同ドライバーで1回突き刺し、死亡させた。 |
一覧表1(自発型)
一覧表2(反撃型)
一覧表3(凶器支配移転型)
- 最判昭和46年11月16日(刑集25巻8号996頁)。
- 団藤重光編『注釈刑法⑵のⅠ総則⑵』228頁[藤木英雄](有斐閣、初版、昭和43年)。
- 第5にあるとおり㉑(最判平成9年6月16日)を含めて複数ある。
- 侵害の継続性についての判断理由がある程度具体的に記述されている裁判例を出来うる限り網羅的に収集し検討対象とした。なお、生命・身体以外の法益に対する侵害の継続性が問題となる事案も含めて裁判例が整理されたものとして、大塚仁ほか編『大コンメンタール刑法[第二版]第2巻』321~331頁[堀籠幸男ほか](青林書院、初版、1999年)がある。
- 番号に付記された「-1」や「-2」は、下級審判決を意味する。たとえば㉑-1は㉑の第1審判決、㉑-2は控訴審判決である。
- 本稿においては、問題となる侵害を発生させた主体を「侵害者」、侵害者による法益侵害行為を「侵害行為」、問題となる侵害に対する抵抗行為の主体を「防衛者」、防衛者の侵害者に対する抵抗行為を「反撃行為」と表記することとする。
- 橋爪隆「『急迫不正の侵害』が終了していないとしつつ、防衛行為の相当性を否定した事例」ジュリスト1154号134頁(1999年)。
- 同一の基準を用いるべきとの見解の中には、侵害の始期における厳格な基準を侵害の継続性判断に適用すべきとする見解(松尾昭一「防衛行為における量的過剰についての覚書」小林充先生・佐藤文哉先生古稀祝賀刑事裁判論集 上巻138頁(2006年))と、㉑から窺える緩やかな基準を侵害の始期の判断に適用すべきとする見解(橋爪・前出注⑺134頁)がある。
- 小田直樹「『急迫不正の侵害』の継続と防衛行為の相当性」平成9年度 重要判例解説151頁(1998年)。
- より古い最高裁判決としては、最判昭和26年3月9日(刑集5巻4号500頁)があるが、判断理由を具体的に明示していない。
- 本稿で検討対象とした裁判例の一部(②⑪等)は、侵害の継続性を肯定する理由として、再度の攻撃のおそれが存することを明示している。
- ㉑-1㉑-2がいずれも侵害の継続性を否定する理由として退避可能性を指摘しているのに対し、㉑は退避可能性に触れていない。これについては、前記最判昭和46年11月16日に従ったとの評価、あるいは、「退避可能性は否定されるという事実判断がなされ、それ以上に法律的評価を示す必要はないと考えられたのではないかと推測される」との評価がある(飯田喜信「最判解説刑」平9年度91頁参照)。
- 別々の類型に分類すべき複数の原因が順次生じることによって侵害が段階的に低減する場合もある。⑦⑧㉟は、⒜凶器支配移転時点、⒝反撃が功を奏した後のさらなる反撃行為時点のそれぞれにおいて侵害の継続性が問題となる複合型の事案である。本稿においては、判決理由において具体的な理由が付されて結論が示された段階の類型に分類することとした。なお、闘争状況を具体的に特定する供述証拠がなく、侵害行為が止んだ具体的経緯が特定できない特殊な事例として、広島地判平成21年1月5日(LLI登載)、及び同判決の控訴審判決である広島高判平21年6月25日(LLI登載)がある。
- 函館地判平成19年3月29日(LLI登載)及び函館地判平成19年5月15日(LLI登載)は、侵害行為の中止から反撃行為まで1日以上の乖離がある事案であり、侵害の継続性は否定されている。
- ①は、前記攻撃的言辞を認定しながら、退避可能性のみを理由に侵害の継続性を否定しており、近年の裁判例における傾向よりも厳格な基準で判断されたものと解される。
- ④は、再度の攻撃の可能性に特段の問題のある事案とは思われず、第2の2で述べた㉑の判断の枠組みに配慮したものと推測される。
- 一覧表2のとおり、攻撃意思に言及した裁判例もあるが、再度の攻撃の意思の消滅ないし低下を理由に侵害の継続性が否定された事案は見あたらなかった。なお、⑦では、侵害者が「堪忍、堪忍」と許しを請うた事実が認定されているが、侵害の継続性が肯定されている。
- ただし、⑤は、身動きしなくなる前段階の横倒れになった状態で、侵害の継続性を否定している。
- 侵害の継続性判断の理由として反撃行為の態様等に言及したものとしては、⑧⑯がある。
- 再度の攻撃の意思については、前出注⒄のとおり。
- 侵害者は、直ちに防衛者を追いかけており、防衛者の逃走は侵害微弱化の主要な要因とはいえない。飯田・前出注⑿99頁は、侵害者の攻撃力の減弱は、手すりに前のめりになった自滅行為に負うところが大きいとみることができるとし、本事例を「自滅型」というべきやや特殊な場合としている。
- ㉑において、仮に侵害者の自滅がなければ、退避する防衛者を追行する侵害者によって再び侵害行為が実行される蓋然性は高く、自滅した場合に比べ、より高度の危険性のある侵害が継続していたと解される。
- 本裁判例は、酒に酔った乗客2名から殴られるなどの暴行を受けたタクシー運転者が、現場から逃走し、追いかけてきた乗客2名に反撃行為を加えた事案であるところ、侵害の継続性は問題となっておらず、防衛行為の相当性が争点となっている。
- ㉓では、侵害者が両手を肩辺りまで前に上げるようにして構え防衛者の方に近寄った事実が認定されているが、攻撃の意図に基づくものではなく、防衛者を制止するためのものと位置づけられた。
- 凶器奪還のおそれが肯定された㉜㉞は、凶器の支配を喪失した侵害者が防衛者に対して新たな追撃を行った事実を認定している。当該追撃自体を侵害行為と捉えれば「急迫不正の侵害」の要件が充足するのであるが、㉜㉞は、凶器奪還を前提とした侵害の継続性を検討している。凶器を喪失した状態の追撃を基礎とした侵害が認められるに過ぎないのか、それとも、当初の凶器使用を前提とする侵害の継続が認められるのかは、防衛行為の相当性判断に重大な影響を及ぼすことが理由であると推察される。
- 一覧表3では、㉝㊲が相当性判断において凶器奪還のおそれを否定する理由として指摘した事由を付記した。なお、侵害の継続性を肯定しつつ、相当性の判断において侵害の程度に言及した裁判例としては、生命に対する危険が遠のいたとした㉚、生命に対する危険は相当程度弱まっていたとした㊳、危険の程度がかなり低いものであったとした㊶などがある。
- ⑬は、侵害者が防戦一方の状態となり、攻撃の気配を示さなくなっていたなどと認定し、終盤に急迫不正の侵害が終了したと判示しているが、終了時期やその際の状況は、必ずしも明確ではない。㉓は、侵害者の積極的言動の不存在を理由に侵害の継続性を否定しているところ、再度の攻撃のおそれについては言及していない。
- ⑩(東京地判平成6年7月15日)は、「最早、被害者が、被告人の第一暴行に対応してすぐにでも更に立ち向かってきて、被告人の身に危害が及ぶおそれがあるという急迫状況があったとは到底認めることができない。」と判示しており、侵害の始期におけると同様の基準を用いていると推察される。
- ㉑⑲-2は、再度の攻撃の可能性を肯定する上で「間もなく」との表現を用いている。
- 団藤重光『刑法綱要総論』235頁(創文社、改訂版(増補)、1989年)。
- 大塚仁『注解刑法』212頁(青林書院新社、初版、昭和46年)、大塚ほか編・前出注⑷357頁等。
- 団藤・前出注(30)235頁・237頁。
- 平野龍一『刑法概説』52頁(東京大学出版会、初版、1977年)、曽根威彦『刑法の重要問題〈総論〉第2版』103頁(成文堂、2005年)は、罪刑法定主義上の疑義が生じると指摘する。
- 曽根威彦『刑法総論〔第4版〕』100頁(弘文堂、平成20年)、曽根・前出注(33)103頁。
- 曽根威彦『侵害の継続性と量的過剰』研修654号8頁(平成14年)。
- 遠藤邦彦「正当防衛に関する二、三の考察─最二小判平成九年六月一六日を題材に」小林充先生・佐藤文哉先生古稀祝賀刑事裁判論集 上巻70頁(2006年)。
- このように「侵害」につき法益に対する実害や危険の状態として捉えることを前提としても、違法状態が継続する限り侵害の継続を認めるべきかどうかは問題である。井田良『講義刑法学・総論』282頁以下(有斐閣、初版、2008年)、橋爪隆『正当防衛論の基礎』98頁以下(有斐閣、初版、2007年)等を参照。
- 団藤編・前出注⑵225頁[藤木]。
- 髙山佳奈子「正当防衛論(上)」法学教室267号83頁(2002年)は、「侵害に直接連なる活動が客観的に開始されたことを要すると思われる。」としている。
- ここでは、侵害の継続性が問題となる局面は、侵害者が侵害行為を実行しそれが止んだ場合を前提として検討することとする。本稿で検討対象とした裁判例は、㉝を除く全てがこれに該当する。
- 遠藤・前出注(36)64頁以下、佐伯仁志『正当防衛論⑴』法学教室291号80頁(2004年)。
- 遠藤・前出注(36)64頁以下。
- 遠藤・前出注(36)73・74頁。